ピンチにスマイル勝利をゲット

馬鹿野郎お前俺は自転車に乗るぞお前

やよい軒をテーマに小説の書き出しを10個考えた

文字通りだ。

 

文字通り……

 

文字通りです。

 

 

 

「ごはんのおかわりは自由となっておりますので、あちらのおかわり処をご利用くださいませ!」

…………

あの店員の笑顔の意味をようやく察した私は、さて、このいつまでたっても底にたどり着かない落とし穴の最早存在すら怪しい「底」に、どう着地すればいいか、加速を続けながら思案を巡らせていた。

 

 

 

 

こんな茶色まみれの皿を突き出しておいて、よくもまあ彩(いろどり)定食と言えたものだな。

咄嗟の思考に表れたあまりにも狭量な自分に嘆息した後、私は二つに分けられている枝豆コロッケの片方を、箸で更に半分に切り分けた。

 

 

 

 

大振りな唐揚げが6個の定食が780円。

パン粉で厚着をして更に大きくなったとりカツが5個で860円。

チキンカツ定食1180円の登場まで何年かかるか計算し終わる前に、それらとは何の関係もない生姜焼き定食と生卵が、僕の目の前に差し出された。

 

 

 

 

「この冷奴って必要かな?」

「うるさい、口が臭い」

曲がりなりにも僕のフィアンセであるはずの目の前の女性は、今日も今日とて通常営業らしい。

 

 

 

 

二分で出てくる鯖の味噌煮。

この謎を解き明かせれば、世界中の料理人が僕にひれ伏すに違いない。

そんなことを考えながら鯖の腹に食い込んだ箸先は、皮の青と、煮汁の茶と、脂の白光が混ざった世界一汚い極彩色に染まった。

 

 

 

 

「『ごちゅうもんでしたらさいどしょっけんをおもとめください』だぁ!?だったら最初っから『やよい軒飲み』、なんて謳うんじゃねえ!」

なるほど、一理あるかもしれない。

妙に出が悪い仕様のポットから水を注いだ後、正面で店員に喚いている父の一挙手一投足を観察し始めた。

 

 

 

 

「近しい経験はあるが本当に一つになるのは貴方が初めてだ」

実際になんと言っていたかはとんと思い出せないが、初めてお互いを曝け出した夜、よりにもよって避妊具を付けた直後にそのような旨の発言をしたかつてのガールフレンドの姿を、箸を入れる前からチーズが流れ出ているチーズinハンバーグに、私は重ねていたのだろう。

奇しくも、9年前と同じ、重陽節句のことだった。

 

 

 

 

 

ミックスかつ定食の提供は終わったけれど、俺はまた春に、否、3月に、とんかつを、エビフライを、そして……とりカツを食べるのだろう。

その時はきっと、誰のためでもなく、ただ、生きるために。

 

 

 

「こちらの券を五枚集めて提示していただければお鍋の定食がお一つ無料になります!」

思い上がるな。醜女が。

 

 

2本240円、すなわち1本で120円の、少し萎びたエビフライは、それと同じ値段の缶ジュースを片手にブランコに座って夢を語っていた高校生と、祖父の知人に紹介してもらった会社でテキトーに働いて、のんべんだらりと日々を過ごしている28歳との違い、そしてその間にある10年という時間を、如実に表しているように思われた。

僕が乗るはずだった宇宙船は、明日、人類で初めて木星に着陸する。

 

 

 

おまけ

「ごはんは五穀米で!」

「大」きな「戸」の「屋」。スタイリッシュな青い看板のその定食屋よりもその文言が似合いそうな女性が、その言葉に隠した小さな恥じらいに、僕はどうしようもない嫌悪感を感じながら、今日もチキンかあさん煮定食を注文するのだ。

 

 

 

クシャクシャになった大盛り無料券はとっくに使用期限が切れていて、過ぎ去った時間を認識して、抑え込めたはずの後悔が溢れ出す。

「えーっと……こちら使用期限の方が」

「……すいません、W餃子定食キャンセルで。また考えます」

「かしこまりました。失礼します」

「あっ、ちょっと待って……うん。おつまみ三点盛りと餃子、あとレモンサワーで」

この大盛り無料券が僕達を繋ぐ、本当に最後の細い糸だったのかもしれない。

しかしそう気付いた時には既にそれを破り捨てていて、そのことになんの負い目も感じなかった。

 

「お待たせしました。生ビールです」

「は?」