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馬鹿野郎お前俺は自転車に乗るぞお前

【恐怖体験】神奈川の峠を一人で走行していたら【閲覧注意】

えー僕は自転車で山を登るのが趣味でしてね。

その日、日曜日だったんですけど、早起きしてかなり遠くの山に行ったんですよ。

自宅から100km離れた神奈川県西部の、えー名前は言えないんですがとある温泉街の山にね。

かなり早起きして行ったもんだから、そこを登り終えてもまだ昼過ぎだったんです。

そこで僕はね、よし、じゃあもう一つ、こちらも名前はちょっと言えないんですが、

神奈川県の中央部にある有名な峠も登ろうと思い立った訳です。

 

ところがですね、自宅からそれぞれの山への道は覚えていたんですがね。

それぞれの山を繋ぐ道を行くのは初めてでして、何度か迷ってしまいましてね。

峠の入口に着いたのが……確か午後四時くらいだったかな。

もう少し遅い時間なら山中で日が暮れてしまうから引き返したんですがね。

せっかく来たんだし登っていこうと思ったわけです。

 

 

登り始めて気付いたんですがね、山の方に真っ黒な雲がかかってるんですよ。

本当に山頂の周りのところだけね。

それとね、こちらの峠、オートバイや自転車に乗る人の間では有名な場所でして、

いつも日曜日は人でごった返してるんですが、その日は人っ子一人見当たらない。

 

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悪天候なのと、遅めな時間なので、自転車が居ないのは分かるんですが、

オートバイなんかはいつも夜でも走ってるんですね。

なんか変だなぁと思いながら登ってったんですよ。

 

そしたら半分くらい過ぎた所かな。

山道だから山頂に囲むというか、沿うように道が続いてる訳ですけど、

どうも山頂の方からね、ゴゴゴゴーッって音が響いてくるんですね。

最初は山鳴りかと思ったんですがね、どうも地面じゃなくて山のその上から聞こえてくるんですよ。

何度も何度も聞こえてくるもんだから、あっこれは何かがいるな、と、

良いものか悪いものかわからないけど、何かがいるなと思ったんですね。

 

僕は嫌だなぁ怖いなぁって思ったんですがね、

残り半分くらいだから登ってしまおうと思ったんですね。

そしたらその音に加えて雷の音も響いてきたんですよ。

やっぱりなんか嫌だなぁと思ってたら、峠の手前でフッとそれらが消えた。

 

日が差してきて、晴れ間も見えてね。

そして峠には出発待ちのバスや反対から登ってきたオートバイなんかがいましてね。

あぁなんだ、やっぱり普段通りじゃないかと安心したんですよ。

ですのでね、そのまま峠の反対側に下って行くことにしたんです。

 

さっきまでポツポツと雨が降っていたもんですから、滑らないように気をつけて下って行きました。

怖いなぁって気持ちももう忘れて、すいすい下っていったんですよ。

そしてね、1/3くらい下りたところにね、10mもないくらいのトンネルがあるんですね。

僕は、おっとと思って減速してね、ライトを点けてトンネルに入ったんです。

そしたらね、急に背筋が冷やっとしたんですね。

 

こちらの峠、最近は路面舗装の工事なんかやってましてね。

トンネルなんて危ない所、真っ先に舗装されてるんですよ。

壁には暴走族かなんかの落書きなんかしてあってね。

そんな雰囲気も無いところでね、なーんか嫌な感じがするんです。

 

トンネルを抜けたらその冷やっとした感じは無くなったんですけど、

何だろうなぁ、何だか嫌な感じが残るんですね。

でもまあ峠道の下りは集中しないと危険ですから、アレコレ考えないで下りて行ってね。

2/3くらい過ぎた時にはその嫌な感じも無くなりました。

 

そんな時にですね、曲がりくねった道の先から対向車が来るのが見えたんですよ。

見通しが悪いから警音器、いわゆるベルを鳴らそうかと思ったんですけど、

両手がハンドル操作でふさがってましてね、減速しても出会い頭が危なそうだなぁと思ってね。

咄嗟にね、口笛をピィーッ!と高く吹いたんですね。

 

そしたら急に背筋がゾワッとしましてね。

風が強く吹き始めたんですよ。

すぐに対向車とは何にもなくすれ違えたんですけどね。

明らかに山の雰囲気が変わった。

喉がギュウッと締め付けられて鼓動が速くなるのを感じました。

 

僕はあぁ失敗したなぁヤバいなぁなんて思って。

口笛ってね、人じゃない物を引き寄せるんですよ。

夜口笛を吹くと蛇が来るなんて言うのもそれでね。

山の神霊なんかを呼び寄せるのにも口笛や祭礼用の笛なんか使うんですけどね。

厄介なことにね、口笛で寄ってくるのは良い神様とは限らないわけです。

祟り神かもしれないし、もしかしたら神様でない何か別の怪(ケ)かもしれない。

 

そんな感じでおっかなびっくりしてたらね

後ろからゴゴゴゴーッって音が聞こえてくるんですよ。

ええ、登るときに山の上の方から聞こえてきたあの音が。

それがね、ゆっくりゆっくり近づいてくるんですよ。

僕も下ってるんですけど、それでもどんどん近づいてくる。

 

嫌だなぁ怖いなぁと思ってスピードを上げてもどんどん近寄って来るんですよ。

それが本当に真後ろまで来てね、あぁすみません勘弁してくださいと心のなかで唱え続けてたら。

 

 

左肩をいきなりガッと掴まれた。

 

 

右肩じゃなくて左肩をね。

僕はびっくりしましてね、転びそうになったんですよ。

すぐ体勢を立て直した後、何故か冷静に、あぁこれは人じゃないなって思った。

 

自転車って道路の左端を走るでしょう。

僕もなるべく左寄りを走っていた。

峠道の左端には濡れた落ち葉や石が落ちていて、そこは走れないからそのちょっと右を。

なのに左肩を掴まれた。

 

標高の高い山中を猛スピードで下ってるわけですから体は冷えてるんですね。

でもね、その瞬間ベトッとした汗がブワッと吹き出て。

怖くて振り向けないんですよ。とにかく離してくれ離してくれと念じた。

でも一向に離してくれない。

 

だから僕はね、振り返ることにしたんですよ。

このまま山の外に持って帰ったら絶対に良くないことが起こると思って。

あぁ嫌だなぁ怖いなぁと思いながら自転車を止めてね。

意を決して後ろを振り返った。

 

そこにね、居たんですよ。

鬼の形相をした山の神……

 

 

 

 

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山神、東堂尽八が。

 

僕は全てに合点がいきましたね。

そうか、東堂尽八の静謐なペダリングと正確なバイクコントロールなら濡れた落ち葉や石がある道でも走行は可能なんだと。

 

そうしたら東堂尽八がこう言うんです。

「小山田、下りた先の湖まで、勝負と行こうではないか!」

僕は嫌だなぁ怖いなぁなんて思いながら声を振り絞って言いました。

「いいのかよ、こっからは下りと平坦メインだぜ?」

「構わん!この山で一番は譲らんよ!」

「はっ、上等だ!ゴールは……」

「山道がダム周回路と接続する交差点……では危険だな。その手前の橋を越えるまで、でどうだね?」

「わかったよ……行くぜ東堂!」

「来い!小山田!」

 

東丹沢の川沿いを下る清川村側県道70号、通称裏ヤビツ、その残り1/3。

全体では緩く下るコースだが、実際は細かくアップダウンを繰り返すコースである。

道自体が曲がりくねったテクニカルなコース、東堂の方が一枚上手か、コーナーや登りでは先を取られる。

しかし、下りの勢いを活かせる細かいアップダウンは、長い坂を愚直に登り続けるヒルクライムとは違ったテクニックを要求される。

 軸の振れない綺麗なシッティングで走る東堂とは対照的に、フロントギアをアウターに入れ、坂を一息に踏み越えるダンシングで、俺は東堂に食らいついていった。

 

道沿いに点在するキャンプ場、その最後の一つを越え大きなカーブを抜けると、横を流れる川は人の手で整備され、急勾配に対応した放水量のコントロール機構を持った水路へ姿を変える。ダムが近づいている証拠だ。

道路も次第に整備された舗装路になり、これ以降は登りセクションは殆どない。

平坦区間ならばクライマーである東堂を引き離せる……

と、そんなに簡単には行かない。こちらは峠を二つ越えており足が残っていないからだ。

単純なタイムトライアルならば俺のほうが有利だろうが、競走している以上、仕掛けどころを間違えれば即、敗北へと繋がる。

 

墓石の立ち並ぶ宮ヶ瀬霊園を横目に、戦略構築の一瞬の間の後、俺は東堂の後ろに着いた。

残り2kmの平坦、なんの考えもなくアタックに行っては張り付かれ、潰される。

勝つためには東堂の動きに合わせてアタックを掛けるしかない。

ここから取れる戦略は2つ。

この状態から東堂が少しでも減速したなら、そのタイミングでアタックを掛けて張り付く間もなく引き離す。

あるいは、東堂がアタックを掛けたタイミングで横並びのスプリント勝負を仕掛ける。

いずれにせよ、スプリント力で勝る俺に対し、その展開で東堂に勝ち目はない。

 

東堂に張り付いたまま、橋の先にある吹風トンネルに突入した。

真っ暗闇の中、安全のため少し東道と距離を取る。

この暗闇で東堂も動けないはずだ……

 

トンネルを抜けた時、俺と東堂の差は50m以上開いていた。

 

「なっ……!」

「ワッハッハ!忘れたか小山田!俺は山神東堂尽八!俺は音もなく加速する……気付いた時には……」

「チッ、もう彼方って訳か……!」

 

やられた。

トンネル内の加速し辛い心理と、見通しの悪さを山に見立ててのアタック。 

残り1km弱、この差はかなり痛い。

が、競り合う形ではなく俺が追う形になった。

スリップストリームの取り合いでなく、単純な平坦走行の速度なら俺に分がある。

「絶対に追い付く!」

 

トンネルを抜けた先には4つの橋がある。

その4つで一番奥の橋の終点が、2人が定めたゴールラインだ。

 

トンネルを抜けた目の前の、1つ目の橋を越える。

シッティングで、足に力を込めて加速していく。

差は45m。

 

その100mほど先にある2つ目の橋を越える。

緩やかな下りであり、思ったほど差が縮まらない。

小さく舌打ちをする。

差は40m。

 

その次の橋を越えるまでの距離は200m程。

カーブも傾斜もない完全な直線。

腰を上げてバイクを揺すり、強く踏み込む。

東堂の背中が大きく見えてくる。

差は15m。

 

ゴールの橋までの距離は250m程。

ゆるやかなカーブを描き、観光地であるダムに進路を変える。

橋の手前で東堂を捉えた。

気配に気づいて振り向き、真後ろの俺を視界に捉えた東堂が舌打ちをする。

差はもうない。

 

俺も東堂も、腰を上げ強く踏み込む。

200km近く走り、二つの山を越えてきた足が悲鳴を上げるのを感じた。

しかし、その痛みもねじ伏せて更に足を回す。

この橋、30mで勝負が決まる。

「春人!!!!」

「尽八ィ!!!!!」

 

ハンドルを投げ、下を向いた俺の目には、右を走る東堂のホイールよりも数センチ前を転がる俺のホイールが映った。

 

「っしゃあ!!!俺の勝ちだ!!!東堂!!!!」

そう言って振り返った先に、人の姿はなかった。

 

惰性で進むバイクを、交差点の手前で停めて、後ろを向き直す。

悠々とそびえる丹沢の山に、もう黒い雲はかかっていなかった。

俺は山に向かって頭を下げると山を下り市街地に抜ける県道に繋がる、湖に沿った細い道を走り始めた。

 

 

ゴールラインの橋の名は、「山の神橋」と言った。

 

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という嘘を考えました。よろしくお願いします。